日本脂質栄養学会が「コレステロールは高い方が長生きする」とする見解をまとめ、波紋が広がっている。高コレステロールは心疾患などにリスクがあるという従来の医学の常識を覆すもので、反論も相次いでいる。コレステロールをどう考えるべきか、論争を追った。【小島正美】
◇脂質学会、常識覆す見解/動脈硬化学会は批判
現在の診断基準は、日本動脈硬化学会(北徹理事長)が07年に定め、悪玉のLDLコレステロールが140(1デシリットル当たり140ミリグラム)以上を脂質代謝異常(高脂血症)とする。多くの医療現場でこの基準に沿い、治療や生活改善の指導が行われている。
これに対し、日本脂質栄養学会は9月、「長寿のためのコレステロールガイドライン」をまとめた。学会理事長の浜崎智仁・富山大和漢医薬学総合研究所教授ら15人で策定委員会を構成。「総コレステロール値あるいはLDLコレステロール値が高いと、日本では総死亡率が低い」とした。全体は14章から成り、高コレステロールの方が脳卒中を発症しにくいことなども記した。
特徴は「総死亡率」との関連を重視した点で、ガイドラインの名称にも「長寿のための」と冠した。浜崎教授は「95年以降に公表された日本の五つの大規模な臨床試験報告を見ると、40~50歳以上の集団ではコレステロールが高くても、がんや脳卒中、心臓疾患など総死亡率は増えていない」と語る。
たとえば、大櫛陽一・東海大医学部教授らが解析した神奈川県伊勢原市の「老人基本健診」受診者約2万2000人の追跡調査(95~06年)。男性はLDL140~159の群で総死亡率が最も低く、女性では180以上で最も低かった。策定委員も務めた大櫛教授は「コレステロールが高めの方が肺炎やがんの死亡率が低い傾向にある」と話す。
浜崎教授は「LDL140以上でも、たいていは薬を飲む必要はない」とし、現在の診断基準が「コレステロール降下薬の使い過ぎを促している」と警告している。
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一方、日本動脈硬化学会は10月、反論の声明をホームページに載せた。日本脂質栄養学会が引用する論文を「ほとんどが査読(複数の研究者による検証)を受けた論文ではない」とし、コレステロール値と動脈硬化性疾患の発症との関係は「多くの科学的検証を経た疫学的論文の一致するところ」と記した。
総死亡率との関連づけも「年齢や喫煙、高血圧などの要因を考慮して分析する必要がある」と一蹴した。動脈硬化性疾患の疫学を専門とする三浦克之・滋賀医科大教授は「肝臓疾患などでコレステロール値が下がることがあり、コレステロールと総死亡に因果関係があるとするのは無理」と批判する。
日本医師会も会見で異議を唱え、「高いリスクをもつ家族性高コレステロール血症の患者に服薬を中止している例があると聞く」などと憂慮を示した。
論争は疫学データの選択や統計処理の問題も絡み、複雑化している。厚生労働省生活習慣病対策室も「学会同士の学問的な論争。国が何かを言う立場ではない」と静観の姿勢だ。
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日本脂質栄養学会のガイドラインを問題視しながらも、コレステロールについてさらなる議論を求める意見もある。
日本疫学会のウェブ版で今月上旬、自治医科大の調査データの解析結果が報告された。92年から男女1万2334人(平均年齢55歳)を対象に調査し、約12年間追跡した。最初の5年間の死亡を除いても、総コレステロール値が160(LDLだと約80)以下で脳出血、心不全、がんが多かった。
同データを解析した名郷直樹・東京北社会保険病院臨床研修センター長は、脂質栄養学会のガイドラインを「大きな問題がある」としながらも、「低コレステロールと死亡には関連がうかがわれる。コレステロール降下薬の使い方を含め、もっと議論すべきではないか」と話した。
◇コレステロール
細胞膜やホルモンなどに欠かせない脂質。肝臓で作られ、食事からも吸収される。結合するたんぱく質の違いによって、善玉のHDLコレステロールと悪玉のLDLコレステロールに区別され、HDLはLDLを減らす働きがある。日本動脈硬化学会は「LDLが140以上」のほか、HDLが40未満、中性脂肪が150以上も脂質代謝異常としている。
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