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2009年11月 7日 (土)

失語症の集いイン首都圏 多田富雄の落葉隻語

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リンク: 多田富雄の落葉隻語 「有難う」と叫びたい : こころのページ : 暮らし 社会 : 関西発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

去る10月3日に東京・武蔵野市で行われた「失語症の集いイン首都圏」といKp_tada う集まりに参加した。失語症者が働く共同作業所「パソコン工房ゆずりは」の仲間たちが団結して開催したものである。秋も深まった武蔵野に、柔らかい日差しが注いでいた一日だった。

 あなたは「失語症」という病気を知っているだろうか。それは単に言葉をしゃべれないといった障害ではない。言葉を作り出し、それを記号として組み立てて、意味のある文章に仕立てる能力が障害された困難な障害者なのだ。

 失語症はもともと基礎疾患として脳血管の障害など脳の障害がある。脳卒中、脳梗塞などの患者の何%かは程度の差もあるが失語症の症状が出る。若い人でも先天性の血管障害のため失語症になるものや、交通事故など、不慮の脳傷害のため言語能力に欠陥が生じたものもいる。

 傷害されている脳の部位によって、程度も症状も違う。たとえば赤いりんごがあるとする。彼はそれを剥いて食べれば美味しいことを知っている。しかしそれを赤い「りんご」と言葉で言うことができない。またりんごと聞いても、おいしい果物と認識することができないほどの重症者もいる。この場合、りんごという言葉からその実体を思い浮かべる、つまりりんごという言葉とそのイメージを結合することができない。時にはりんごという言葉を聞いて、それを鸚鵡返しに復唱できない人もいる。こちらは言葉そのものを作り出すことができない。

 私は脳梗塞で言葉をしゃべれない。音を発声する筋肉が麻痺したため声を作ることができない。こちらは「構音障害」という。構音障害では、発音はできないが、言葉を考え、意味を理解し、文章に構成することはできる。だからこうして文章を書くことができるのだ。

 一方、失語症は声は大きく出る場合が多い。しかし、たとえ親子や夫婦の間でも言葉が通じにくい。何か言いたくても言葉にならないのだ。ある失語症の患者は、「有難う」という言葉を満足に言えるようになるのが努力目標だという。私も世話をしてくれる妻に「有難う」と自分の声でお礼が言いたい。言語障害者の日常生活の不便は想像を絶する。

 統計すらないのだが、毎年4万人以上が発症しているという。わたしが通っていた病院でも、ヴィデオで「ドア」の絵が映ったら、「ドア」と言う文字を押せば丸が出るというような単調なリハビリの訓練を続けている人が多くいた。失われた脳の機能を再構築する気の遠くなるような訓練だ。身体の不自由さに加えて、言葉が操れない悲しみは健常人の想像を越えたものがある。

 身体の麻痺は軽くても、話が通じにくいので世の中から疎外される。この障害に対する社会的な認知度は低く、行政も見向いてくれない。社会から疎外されて、人との交流も少なくなる。失語症は孤独な戦いの連続である。

 わずかな理解者と患者たちの協力、親身に努力してくれる言語聴覚士や、ボランティアの力でこの「失語症の集いイン首都圏」が開かれた。当日は500人を越える人が集まった。会では音楽や講演のほかに、それぞれの地域のグループの挨拶があった。不自由な言葉を操り、原稿を何度も見ながら、大声を張り上げて、理解してくれる方に「有難う」を叫んだ。初めての子供が生まれたと、嬉しそうに報告した若い人もいた。

 私が言葉を失った体験を話し終わったとき、聴衆から「多田先生!」という声が上がった。私も精一杯の声を張り上げ、「ハーイ!」と答えた。社会からは疎外された人たちだが、外にはやわらかい秋の日差しが、さんさんと降り注いでいた。

(ただ・とみお 免疫学者)
(2009年11月06日  読売新聞)

生きるということを考えさせられて胸が熱くなります。

多田富雄先生関連の記事はこちらに

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