食育のルーツ村井弦斎(5)
ふじみ野市 マサキ薬局の 漢方なブログです。健康情報を主体に書いて行きます。
『食道楽』に出てくる五味調和さがしの続きです。
第四十二章 カツレツ
五味調和とは関係ないかもしれないカツレツの調理法の部分も面白いので全文引用します。
小山の細君は再び台所に退きてやがて西洋皿に鶏肉のカツレツを盛りて出で来たれり
「中川さん、このカツレツは誠に不出来でおはずかしゅうございますが貴君に一つ本式の料理法を伺いたいと思います、私どもがカツレツを拵えますとどうしても白く出来ませんどういう訳でしょう」と素人のカツレツは往々にこの幣あり。
中川はその肉を試みて思案し「それでは鶏の肉を湯煮ずに直ぐお揚げなさいますか」
妻君「イイエ湯煮ません」
中川「湯煮ないと火が通りません。最初に鶏の肉を三十分ばかり湯煮ておいて、そてを先ず玉子の黄身でくるんで米利堅粉をつけて、モー一度玉子の黄身でくるんで今度はパン粉へ転がして塩と胡椒を撒いてそれをバターなり何なりで揚げるのです。湯煮てありますからザット揚げれば直ぐ出来て赤くも黒くもなりません」
妻君「オヤそうでございますか、良人は鶏の肉が好きで毎度拵えますがいつでも小言を言われます」
中川「小山君は鶏の肉が好きかね、それならば僕が今度君に無類飛切という鶏の肉をご馳走しよう、如何なる金満家も贅沢家もまだ滅多には試みない鶏料理を差し上げよう」
主人「是非願いたい、何という鳥だね」
中川「それはその時に説明しよう。奥さん色々どうもご馳走でした。オヤまだ何か出ますか、ナニ蜜柑の葛掛け、これは妙ですな。山葵の匂いと辛味があっていわゆる五味の調和ですか」
妻君「五味だか何だか分かりませんが、それは先ず塩とお砂糖で濃い葛湯を拵えてそれへ摺った山葵と蜜柑の実ばかりとを入れて掻き混ぜたのです。上等にしますと三寸位の山葵なら一合の沸湯を注いで、固く蓋をしておく事が一時間、そうすると山葵の辛味がすっかりお湯へ出ます。その湯を沸かして葛湯を拵えて蜜柑の外に林檎を小さく切って加えるとようございますけれども急ぎましたから略式に致しました」と当座の御馳走ながら妻君がお登和嬢に笑われマジとて心を籠めたる苦心の料理。
中川も一々賞翫して自分の主張せし五味の調和説が追々行われんとするを悦び「小山君、支那人の五味調和説も段々研究してみると西洋の生理学に暗号しているから妙だね。生理学上で食物を消化するのは五つの液だ。第一が唾液、第二が胃液、第三が膵液、第四が胆汁、第五が腸液さ。その中で唾液と膵液と腸液の三種が米や麦のような澱粉質を消化する。胃液と膵液と腸液との三種が肉類のような蛋白質を消化するし、膵液と胆汁との二種がバターのような脂肪分を消化する。唾液は口から出てアルカリ性だから鹹からい味だし、胃液は酸いし、肝臓から出る胆汁は苦い。膵液と腸液はどんな味だか知らんけれどもとにかく五種の液が消化する処へ五種の味を喫するのは自ら暗合しているね。この原則で見ると肉類は重に胃で消化され穀物は腸で消化されるから日本人のような穀食人種は腸の長さが平均三十尺あって西洋人よりもよっぽど長くかつ太いそうだ」
主人「日本人の中でも大原君の腸なんぞは特別に長くって太いだろう。大原君の太鼓然たるは胃袋が大きいばかりでなく腸も特別大きいのだ。胃腸跋扈して腹中の天地を横領するかなアハハ、時にその大原君はどうしているか、そろそろ出かけてみよう」と客を促して共に大原の下宿へ尋ね行きぬ。○鶏肉は平均蛋白質壱割八部ないし弐割、脂肪が九分ないし壱割、その余は水分なり。
○鶏肉は屠殺いたるものを直ちに調理しては味悪し。冬ならば三、四日の後、夏ならば一両日の後を可とする。
○鶏その他鳥類の病死せるものあるいは腐敗に近きものは眼の中に水液を含み嘴の中ねばり、羽抜け易くして肛門ゆるみす水気を含む。用ゆる者はよく注意すべし。
○鮮しき鳥は前文の悪兆なく眼の球に光沢あり。
○陸上の鳥類即ち鶏鳩鶉鴫雉の類は消化良し。海鳥即ち雁鴨鵞水鳥の如きは陸鳥に比して消化悪し。
五味調和をここで、こんな風に説いていました。
カツレツつくりの手順はどうなんでしょうか。
肉食民族と菜食民族の腸の長さの違いに着目している点もさすがです。
つづく
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