« 食育のルーツ村井弦斎(2) | トップページ | 食育のルーツ村井弦斎(4) »

2008年7月 7日 (月)

食育のルーツ村井弦斎(3)

ふじみ野市 マサキ薬局の 漢方なブログです。健康情報を主体に書いて行きます。

前回の村井弦斎(2)は、神童的な生立ちから食道楽がブームを巻き起こした所まででした。今回は、当時のメディア・新聞業界の状況を黒岩比佐子さんの書籍で調べてみます。詳しくは、『食道楽』の人 村井弦斎食育のススメ食道楽(上)・(下)の解説をお読み下さい。

食道楽が刊行された明治三十年代は、ガスも電気もほとんど普及しておらず、電化製品は勿論氷の冷蔵庫もない時代で、生ものはすぐ腐るし、冷たいビールなんて贅沢だった時代です。煮炊きは竈(かまど)でだし、電話はまだごく一部、自動車はまだない時代です。

新聞も現在とはいろいろな点で違っていました。まず、発行部数がいまとは比較にならないほどわずかです。これは文字を読めない人がいたこととも関係しています。また、明治前期のころまでは、知識階級に読者を限定していた「大新聞(おおしんぶん)」と、一般の庶民を相手にした「小新聞(こしんぶん)」とに分かれていました。

大新聞の記事は政論中心で文章は堅苦しい漢語調、ルビはふられていません。最初は「よみもの」とか「つづきもの」と呼ばれていた小説も載せないのが原則でした。明治初期に、天下国家を論ずる大新聞を代表していたのは、『曙新聞』『東京日日新聞』『朝野新聞』『郵便報知新聞』など。村井弦斎が入社したのは、この、『郵便報知新聞』を発行していた報知社です。

小新聞は大新聞より版型も小さく、価格も安く、人々にとってはより身近なメディアでした。その中で、ニュースにフィクションを加えた「よみもの」や「つづきもの」が掲載されるようになり、これが新聞小説の原型となりました。明治初期の小新聞としては、「読売新聞」「平仮名絵入新聞」「仮名読新聞」はどが挙げられます。「読売新聞」は現在は日本一の部数を誇っていますが、初期は小新聞だったということです。

日清戦争のころになって、大新聞と小新聞が歩み寄るような形で両者の誌面の差がなくなってきて、大新聞が小説を掲載するようになりました。大新聞で初めて小説連載に踏み切ったのが「郵便報知新聞」(明治27年に「報知新聞」と改題)です。当時の報知社社長が、政治小説「経国美談」の著者として知られる矢野龍渓でした。村井弦斎は龍渓にその文才を認められ郵便報知新聞で小説を連載することで小説家の道に入ったわけです。そして食道楽の連載が大ブームを巻き起こし単行本のが大ベストセラーとなっていったのです。

(ここまでは、食育のススメからの引用)

弦斎が活躍した明治二十年代から三十年代半ばの文壇の代表は「紅露逍鴎」、すなわち尾崎紅葉、幸田露伴、坪内逍遙、森鴎外だといわれているが、本の売れ行きから見れば、四人合わせても弦斎一人の数分の一に過ぎなかったという。弦斎の『食道楽』は「大衆に読まれる」ことを前提に書かれた小説であり、内田魯庵のような評論家からは痛罵されたが、読者からは大歓迎された。(「食道楽(上)」岩波文庫版解説より)

こんなすごい人気作家がいた事がうそみたいです。しかし現実には、

村井弦斎は、六十三年の生涯で約四十の主要な小説と約二十の短編、その他に多数の随筆や評論を書いたが、いまやその名前はほとんど忘れられている。かろうじて、本書「食道楽」の著者として記憶されているにすぎない、といってもいいだろう。(「食道楽(上)」岩波文庫版解説)

とあるとおりです。私も知りませんでした。

食育のススメのあとがきにはこうあります。

本書を読んでいただければわかると思いますが、村井弦斎が書いた『食道楽』はとにかくおもしろい。おいしい料理を食べる幸せ、未知の味を知ったときの喜びというものが、全編にあふれています。
しかも、文中に具体的なレシピが紹介されているばかりか、料理の薀蓄、食物が身体に与える影響、料理の素材や道具の知識、生活全般の知恵など、読みながら自然に多くのことを学べてしまう。
「家庭生活」の重要性が問われ始めた明治中期に、村井弦斎の『食道楽』は、まさしく日本発の"食育小説"と呼ぶにふさわしいでしょう。
これまでに『食道楽』を何度も読み返してきましたが、読むたびに新たな発見があり、食育基本法がつくられる百年以上も前に、村井弦斎がこうしたユニークな小説を執筆して「食育」を推進していたことに驚かずにはいられません。
しかも彼は『食道楽』以後、断食や木食などの研究に没頭し、あるときは仙人のような生活を試み、自分の身体を実験台にして、文字通り命がけで「食と人間」の関係について究めようとしました。
現在「食」に関するニュースが連日のように社会を騒がせていますが、食の安全に不安を抱く人や、病気を予防する食事や料理法に関心を持つ人は多いと思います。明治という時代になじみのない方々にも、この機会に『食道楽』という小説の魅力を知っていただければ幸いです。

次回は、弦斎が食養生の基本五味調和についてどう述べているかを調べてみます。

つづく

|

« 食育のルーツ村井弦斎(2) | トップページ | 食育のルーツ村井弦斎(4) »

食育」カテゴリの記事

コメント

ホームページ、ブログ拝見しました。正木先生の真摯な取り組み姿勢が表現されたすばらしいぺージですね。毎日更新はしんどいですが私の場合、固定ファンが少しずつ増え、それが励みとなり毎日ブログを続けて良かったと思えるようになりました。毎日更新ブログのチョッピリ先輩としてエールを送ります。頑張って下さい

投稿: 河合薬局 河合展之 | 2008年7月 8日 (火) 19時48分

河合展之先生コメントありがとうございます。とても先生のようなサイトには出来ませんが、健康関連情報のメモ帳として続けて行ければ良いかなと思っています。
呑みながらテレビを見て笑っている時間が少しへって呆け防止になりそうに思っています。
エール感激しました。(kiyohiko)

投稿: kiyohiko | 2008年7月 8日 (火) 23時22分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 食育のルーツ村井弦斎(3):

« 食育のルーツ村井弦斎(2) | トップページ | 食育のルーツ村井弦斎(4) »